「視野を広げ、深める“多様性”のすすめ パラアスリート×トランスジェンダー活動家」パネルディスカッション

聖地・国立競技場で開催された
第2回NAGASEカップ
「本当の意味でのオール陸上」と
増田明美会長

2023.10.27

Report

国立競技場で第2回NAGASEカップを9月2日、3日で開催しました。

東京オリンピック・パラリンピックが行われた聖地・国立競技場は独特な音がする。

天然芝育成の為に全閉の屋根こそ設けられなかったものの、屋根の部分を可能な限り延長させたがゆえ、競技場内に特有な反響を残したようだ。陸上選手がトラックをひたひたと走る足音をひときわ跳ね返し、その音を耳にするだけで走る選手の雄姿を容易に想像させる。それはパラ陸上選手が走る様も同じだ。シューズだけでは醸し出されない、軽快な心地よい音色が奏でられる。

世界パラ陸上競技連盟(WPA)公認の陸上競技大会「NAGASEカップ」は9月2日、3日の両日、東京オリンピック・パラリンピックが行われた国立競技場で開催された。同大会は2021年7月、東京・駒沢競技場で初めて開催され、今回が第2回となった。

NAGASEカップは、年齢、国籍、障がいの有無に関係なく誰もが参加できる大会だ。2018年にブラインドランナーの和田伸也選手を社員に迎えたNAGASEグループが、和田選手の活躍を受けてアスリートにチャレンジする機会を提供できないかと一般社団法人日本パラ陸上競技連盟(JPA)と話し合いを重ね、2021年、初開催に至った。トップアスリートが競い合う大会に育てていきたいという思いが込められている。

2日、大会に先立ちオープニング・セレモニーが行われ、JPAの増田明美会長と長瀬産業株式会社・朝倉研二代表取締役会長がそれぞれ国立競技場のトラック上で挨拶し、開会が宣言された。

朝倉会長はその後、取材陣に対し「どの時期が選手にとって一番よいかと考慮の結果、今回の日程でたまたま国立競技場を使わせてもらえるということで、聖地での開催となりました。昨年の約5倍の参加者ということで、国立を走れるのは選手たちにとってのモチベーションの一つになると感じています。(開催のきかっけは)ウチに和田(伸也選手)が入社し感銘を受けたことですが、今後も(大会の)継続的な開催は決まっています。海外でもこうした大会が増えていると聞いていますし、日本ではその先鞭になればいいと思っています」と語った。

また、増田会長は「長瀬産業さんが第2回を開いていただき本当にありがたい限りですね。また小学生の部もできて本当の意味での“オール陸上”の大会がここに誕生して、東京オリンピック・パラリンピックのレガシーとして本当に広がっていると思います。応援団も増えてきて、ユーチューバーの三津家くんが来てくれたり、「TEAM BEYOND」(※パラスポーツを通じて、みんなが個性を発揮できる未来を目指すTOKYO発のチーム)もパラスポーツのファンを増やそうと50人も来ている。長瀬産業さんがスタッフ総出で運営し、アスリート目線できめ細やかにやってくれて、応援も増えているので嬉しいです。WPA公認なので、選手も頑張らないとだめです。選手が頑張ってますます魅力的な大会になれば、応援も増える」と開催の喜びを噛み締めた。

本大会は前回同様パラアスリートと健常のアスリートとが混合で参加できる点に加え、小学生も1年生から参加可能となった。それを象徴するように、今回のキービジュアルには小学生の子どもたちも起用され、大会コンセプト「FURTHER, WE GO.」とともにパラアスリートと子どもたちが躍動する姿がデザインされている。

今回は聖地での開催とあって、出場選手も約5倍。初日早朝から国立競技場にて練習で汗を流すアスリートの姿も目立った。

初日2日には、女子200メートル(義足T61)で、湯口英理菜選手が36秒10をマーク、自身が持つ世界記録を更新した。湯口選手はレース後「4月からアシックスに所属し、豊洲のトレーニング施設が使えるようになったので、その普段の練習が成果につながりました。36秒台が出せたのは嬉しいです。国立競技場では走り幅跳びに出たことはありましたが、トラックを走ったのは今回が初めてでわくわくしました。新鮮な気持ちで楽しく走り切ることができました。健常の選手に先行されたので、そこをおいかけて、ひっぱってもらえたかと思います」と記録達成の喜びに顔をほころばせた。

また2日目となった3日には、男子400メートルで松本武尊選手(脳性まひT36)が55秒21、また男子走幅跳びでは又吉康十(義足T64)では6メートル60のアジア新記録をそれぞれマークし、賞金10万円を手にした。その後もパラ陸上では好記録が続いた。松本は7月にパリで行われた「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」(世界パラ陸上)の混合400メートル・ユニバーサルリレーの金メダルメンバーでもある。

混走だけに、スタートでやや出遅れたように見えたパラアスリートが中盤から加速し、時として先行するアスリートを抜き去るシーンもしばしば見られた。パラアスリートのスピードを、観客のみならず混走を経験したい健常のアスリートも体感する場面だったのではないか。

出場したアスリートは一様に国立競技場での開催に喜びを口にするが、一方で2019年の世界パラ陸上で日本人として初めて男子100メートル、200メートルの決勝進出を果たした実績を誇る井谷俊介選手は「今日、国立競技場に来て最初に思ったのは『悔しいな』でしたね。やはり東京パラには出場できなかったので、最初はそうした思いでした」と2021年に出場を逃した悔しさを思い起こす選手もあった。それでも井谷選手は「国立を走れるというのは陸上選手にとって大きな出来事なので、他の選手もそれは感じていたと思いますし、やはり国立での開催はありがたいですよね。小学生の子どもたちや、シンガポール、カンボジアの選手もいたり、国籍や年齢に関係なく、いろんな参加者がいてすごくいい大会だなと思いました」と大会を評価した。

東京オリンピックの女子100メートル・ハードルで準決勝に進出した寺田明日香選手は大会PRサポーターとして今大会に帯同。本大会の感想を聞かれると「健常とパラと子どもたちが出場できる試合は国内ではなかなかないので、こうした大会を作ってくれたという点に感謝したいと思います」と評価。さらに「国立で開催という点も、陸上選手としてはみんなの憧れの場であり、そこに出場できたのは、今後のみなさんの陸上人生に少なからず良い影響があるのかなと思います。子どもたちにとってもオリンピック、パラリンピックを開催した聖地で走ったことが自慢になったらいいなと思います。私自身も小学校の時、旧国立競技場で全国大会の2回だけなので、羨ましいなと思います。」と国立競技場での開催も評価。「国競競技場はなかなか敷居が高いイメージがあるのですが、みなさんに愛される場所になるといいので本当の意味での聖地になるかと思う」。自身も「各選手にインタビューするとすごく楽しそうに答えてくれる。(普段は)インタビューされる側なので、聞くほうに回ってみて『こんなこと聞いてほしいかな』と考えながら仕事し、いつも答えないようなことを選手が回答してくれて嬉しかった」と、いつもの大会と異なる自身の役割も楽しんだ様子だった。

本大会ではすべての走者がゴールした後も、ただ独り懸命に走り続けるパラアスリートの姿も見られた。特に印象的だったのは、最終走者にこそもっとも大きな歓声と拍手が集まっていたことではないだろうか。ダイバーシティとインクルージョンの具現化に一歩ずつ近づいていくこのような大会が末永く続き、いつかこの国立競技場が満員となるNAGASEカップが実現せんことを切に願ってしまう……そんな2日間だった。

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