「NAGASEカップ・和田選手&長谷部選手インタビュー【後編】

4回目のパラリンピックへ自信
「今の自分が一番強い」

2024.08.16

Column

NAGASEカップ・和田選手&長谷部選手インタビュー(後編)

全盲の長距離ランナー和田伸也とガイドランナーの長谷部匠。2人はNAGASEカップに特別協賛している長瀬産業株式会社に所属し、2022年の第1回大会から主催者側として大会の運営企画や事前イベント等に携わる。また選手としても出場し、世界トップレベルの走りで大会を盛り上げてきた。2人を駆り立てる思いとは――。

和田 伸也(わだ・しんや)
1977年、大阪府出身。網膜色素変性症により、大学3年時に全盲となる。28歳で本格的に競技を始め、T11(全盲)クラスの国内トップランナーに。トラックとロードの二刀流で活躍し、2012年のロンドンパラリンピックでは5000mで銅メダル。東京パラリンピックは1500mで銀、5000mで銅。現在はマラソンに注力し、順調に記録を伸ばしている。

長谷部 匠(はせべ・たくみ)
1997年、京都府出身。高校から陸上を始め、男子3000m障害で近畿総体に出場した。卒業後は市民ランナーとして活動しており、2019年から和田のガイドランナーを務める。東京パラリンピックでは和田とともに1500mで銀メダル、5000mで銅メダルの獲得に貢献。22年に長瀬産業に入社した。

ここからは、パリパラリンピックについて話を聞きたいと思います。まずは何をターゲットに臨もうと考えていますか?

和田 T11のレベルが上がってきている中で、メダルを取ること自体が大変になってきています。パリで最後と決めているわけではないですが、感じているのは、「今年が一番いい状態」ということ。ロンドン、リオ、東京と来て、 今の自分が一番強い状態でいますので、ここで金メダルを取らないと――という気持ちでいます。

和田選手を含め全体のレベルも上がっているのですね。東京パラリンピックが終わった後の3年間は、どのような部分を収穫と課題にしながら強化をしてきたのでしょうか?

和田 東京パラでは1500mで銀メダル、5000mで銅メダルを取りました。これらの種目で金メダルを目指す選択肢もありますが、東京パラが終わった時点で44歳でした。トラック競技は40代後半になってくると、スピード的にも頭打ちになる傾向が強いものです。ある程度マラソンの方にシフトして強化を進めてきて、そこからまたトラック種目も上げていくように考えました。

記録を狙える冬場は積極的にマラソンに出場し、順調に自己ベストを伸ばしてこられたと思います。東京パラでは2時間33分でしたが、翌2022年の別府大分毎日マラソンで2時間26分。23年の大阪マラソンで2時間24分、今年の別府で2時間23分。3年間で自己ベストを伸ばしてきています。できれば2時間20分に近づけたかったし、あと1〜2分更新したかった思いはあるんですが、今までのトレーニングの成果を発揮できています。

2時間23分はT12(弱視)クラスも合わせたランキングで上位に入るタイム。今回のパラでは初めてトラックを1種目だけにしてマラソンに入るので、コンディションの部分でも順調に入れると思います。

年齢を感じさせずに進化し続けているのは本当に素晴らしいことだと思います。トレーニングは距離を走ることだけでなく、フォーム改善などの微調整もされたのでしょうか?

和田 フィジカル的な側面で大前トレーナーのサポートをいただいています。トレーニングをこの4年半受けて、だいぶランニングのフォームも変わってきました。長谷部くんも入社して、2022年からは同じ大前トレーナーの指導を受けています。それぞれのランニングをより効率良くしていくのとともに、2人で走るときの「シンクロ」の質を上げてロスを少しでも減らせるようにしています。私のフォームも大きな動きになることで、マラソンのタイム向上につながった面もあります。

NAGASEカップ・和田選手&長谷部選手インタビュー

マラソンの場合は、ほんのわずかなロスが42.195kmの中で大きな違いとなって表れるものでしょうから、そこを突き詰める意義は非常に深そうですね。

長谷部 本当にそうなんです。少しの違いで、大きくタイムロスするのを、練習でも実感しています。

和田 あとはフォーム。実は腕や足ではなく体幹から動かすこと、股関節や肩甲骨の連動が大切です。決して四肢の末端だけで動いているわけではなくて、全体の動きでダイナミックに効率よく走ることも教えてもらったんです。

ガイドロープもすごく短いですし、見ていると本当に寸分の狂いもなくシンクロしているように見えます。

和田 まだまだ余地はあります。例えばレース後半にキツくなってきたら、やはりフォームは崩れます。崩れてしまうと非効率になってエネルギーロスが大きくなり、失速の原因になって記録も伸びない。もちろん崩れないほうがいいですが、崩れをどれだけ最小限に抑えるか。崩れたときに2人がどう合わせていくか。そうした部分を突き詰めていきたいと思っています。このように基礎をしっかり固めて、初めて勝負の土台に乗れるものだと思います。

日々のトレーニングから充実していることが非常に伝わります。パリパラリンピック本番は和田選手にとっても非常に楽しみなのではないでしょうか?

和田 マラソンで初めてメダルを狙いに行く中で、どれだけ行けるか。T12のマラソン選手で、新たに参入してきた選手も自己ベストを伸ばしている選手も何人かいます。そう簡単に勝てないと覚悟していますが、私も力を伸ばしてきています。チャレンジしていきたいと思っています。

一方でトラックの方は、4年後にはどれくらい派遣基準が上がるかもわかりません。年齢も考えれば、パラリンピックのトラック種目はもしかしたら最後になるかもしれないという思いもあります。なので、5000mでもメダルを狙いたいですね。

期待しています。ちなみにパリパラリンピックのコースはどのような特徴があって、どのような部分がポイントになってきそうですか?

和田 パリは今までの大会の中でも最もテクニカルなコースだと言われています。段差が多くて舗装路でも凹凸があり、石畳も9カ所。それ以外も、信号ではなくロータリーが多い。そうするとガイドランナーが大変なんです。2人でそれを超えていくには「スピードを緩めて」「また上げて」という緩急が必要になるので、おそらくそのたびに集団から置いていかれる可能性があります。

ペースを上げ下げするごとに体力のロスもあります。なかなかタフなレースになりそうですね。

和田 T12(弱視)で単独走の選手よりも、私たちの体力ロスが少し多くなると思います。不利な条件は少しあるんですが、長谷部くんともう1人のガイドランナーの古和田響くんと協力しながら、しっかり金メダルを狙っていきます。

視覚障害という困難を乗り越えて走るプロセスはもちろんですが、競技そのものの魅力を示したい思いもあるのでしょうか?

和田 東京パラリンピックを経て、パラスポーツに対する報道の扱い方も変わったと思います。私が最初に出場したロンドンに比べると報道の量自体が全然違いますし、いち競技として見てもらえる機会も増えました。これがもう少し進んで、競技力をもっと見てもらえるようになればうれしいですね。

「そのために、まず自分たちが価値を示す」。パラアスリートの方々に取材すると、そうした思いを口にされる方が非常に多いと感じています。和田選手はいかがでしょうか?

和田 そうです。そのためには我々も競技力を上げられるよう、本当に頑張らないといけません。競技力が低かったらなんの説得力もありません。「勝つ」という意味でも、「注目してもらう」という意味でも。そうやって取り上げてもらうことが一市民として受け入れられることにも繋がっていくと思うので、そうしたモチベーションも持っています。

マラソンは国民的に人気のあるスポーツでもありますよね。例えば5000mとか1500mのタイムを一般の方々はあまり知らないと思いますが、マラソンなら「2時間何分」という感じでマラソンをやっていなくても知っている方は多いと思います。そこで頑張るというのも、一つのモチベーション。「障害者の技だから」ではなくて「マラソンランナーの技」として見てもらえるようになるのが目標でもあります。

CONTACT