
誰もが挑戦できる場所を NAGASEカップが切り拓くインクルーシブな社会へ
2025.11.21
はじめに
NAGASEカップは、年齢や国籍、障がいの有無に関わらずアスリートが競い合う、“誰もが参加できるインクルーシブな陸上競技大会”です。2年前のNAGASEカップ(第2回)に参加した経験を持つ元オリンピック選手の寺田明日香さんに、大会の魅力や陸上競技の可能性、そしてパラスポーツとの共存について語っていただきました。
プロフィール
寺田明日香(てらだ あすか)
2008~10年に日本選手権3連覇、2009年に世界陸上出場&ジュニアランク世界1位を記録。ケガ・摂食障害で2013年に引退するも大学進学・出産を経て、2016年の7人制ラグビー転向後、2019年に19年ぶりの日本新記録を出し自身10年ぶりに世界陸上に出場。2021年には日本記録を2度更新と日本選手権優勝を果たし、東京オリンピックに出場。2023年にも自己記録を更新し、日本選手権優勝を経て世界陸上に出場した。2025年シーズン限りで競技引退を表明。2021年末に設立した(株)Brighter Hurdler、(一社)A-STARTの代表として、陸上教室や講演活動等を通じた次代育成に取り組む。
NAGASEカップの魅力とインクルーシブの意義
“お祭り”のような雰囲気の中で
―2年前に寺田さんがNAGASEカップに参加されたときの役割と、大会に対する印象を教えていただけますか?
私の役割は、SNSを通じて選手へのインタビューや会場の雰囲気をレポートすることでした。大会の印象としては、小学生から大人まで、パラアスリートも含めて様々な方が参加できる、本当にダイバーシティな大会だと感じました。お祭りのような雰囲気があります。
―実際にインタビューをしてみて、難しさや新たな気づきはありましたか?
インタビュアーは初めての経験でした。普段聞かれないようなことを聞きたいと思う一方で、「自分が聞かれて嫌なことは聞かない」ことを大事にしました。また、選手の生の言葉を聞きたいと思っていたので、誘導尋問にならないように気をつけました。
選手の皆さんからは「話しやすい」と言っていただけて、とてもうれしかったです。また、「いつも言わないことを言っちゃいました」というような反応もあり、それが私なりの正解だったのかなと新しい気づきがありました。
陸上競技の入口を広げる
―NAGASEカップの「インクルーシブ」というコンセプトについて、実際に現場で体感して改めて感じたことはありますか?
陸上競技は参加するまでにハードルが高い競技だと感じていました。陸連登録や都道府県の登録が必要だったり、大会に出るまでに調べることが多かったり、どこかに所属しなければならなかったりします。
でも、NAGASEカップは公式記録を持たない選手でも参加できる点が魅力的です。それに、国立競技場で競技ができること自体が、多くの方にとって憧れる部分だと思います。初心者でも挑戦しやすいという意味で、陸上競技の入口として入りやすく、同時に本気で公式記録を狙う選手のための競技時間もあり、同じ大会に出場できるという新鮮さがあります。
―アスリートの立場から見て、NAGASEカップならではの魅力や価値はどのように感じますか?
アスリートとして、陸上競技はどうしても入口が狭く、お堅い印象を与えることもあります。しかし、その「バリア」を取り除いてくれているのがNAGASEカップだと思います。それはとてもありがたいです。今年も、そして来年以降もこの大会が続くことで、多くの方々に陸上競技を知っていただく窓口になってほしいと思います。
記録会などは私たちアスリートにとっては比較的ライトな大会ですが、一般の方や小学生などから見ると、かっちりした競技会というイメージになってしまいます。そんな中、「陸上を知らなくても走っていいんだ」と思ってもらえるとすごくいいと思います。NAGASEカップでは、ビジュアルを活用したSNS発信にも力を入れていて、そうした取り組みから多くの方々に陸上やこの大会の魅力が伝わっていくことを期待しています。
陸上競技はいろんなスポーツの原点になります。サッカーをやっている子も野球をやっている子も、まだスポーツを始めていない子も、どのスポーツを始めようか悩んでいる子も、いろんな方々に参加してもらえればいいなと思います。
パラアスリートとの共存
同じ舞台で競い合う意義
―障がいの有無に関係なく、様々な背景を持つ選手が同じ舞台で走ることの意義についてどう感じますか?
最近はグランプリレースでもパラのレースが行われていますが、強化選手でないとグランプリに出場することができません。その点、NAGASEカップのようにさまざまな選手が登場する機会は非常に貴重だと思います。
パラアスリートの走りを見るのはとても大事なことですし、一緒に走ることで「こんなに速いんだ」と感じ、新しい気づきにつながると思います。そういた経験を楽しんでほしいです。
―NAGASEカップをきっかけに、全国的にインクルーシブな大会が広がり始めていると思いますが、それについてどう思われますか?
純粋に嬉しいです。以前は、陸上のユニフォームがオリンピックとパラリンピックで違っていました。東京オリンピックまで違っていて、パリから一緒になりました。
他の国ではずっと前からオリンピックとパラリンピックで同じユニフォームで出場していましたが、日本はようやく追いついた形です。NAGASEカップを通じて、オリンピックとパラリンピックが同列になるような機会がもっと増えるといいと思っています[yh1] 。
相互理解を深めるために
―健常者とパラアスリートが一緒にレースすることによる相互理解について、2年前の経験を踏まえて今回期待することはありますか?
選手間の交流、パラアスリートも健常の子どもたちも大人たちも、いろんな方々が交流してコミュニケーションを取ってほしいと思います。お互いを理解し知ることで、すごく身近になると思います。
パラアスリートの特徴を知らないと、どう接していいか分からず、気を遣いすぎて距離を置くということがあると思います。でも実際に話してみると、一人の人間として接することができます。
そこで距離が近づいて、もっとパラの競技を見てみようとか、話した選手がどういう特徴の障がいを持っているのか、と自分から調べるようになると、パラアスリートとパラスポーツが本当に身近に感じられるようになると思います。
―話しかけづらいと感じる方もいると思いますが、そのハードルを越えるためのアドバイスはありますか?
まずは挨拶だと思います。すれ違うときに挨拶してみることが第一歩です。自分が相手に向ける表情は自分にも返ってくると思っています。鏡写しだと考える、自然と誰かを見たときに笑顔になったりします。コミュニケーションが得意でない方も、まずは笑顔で挨拶するところから始めてみてください。「鏡写しなんだな」と意識するだけで、少しずつ自然に距離が縮まると思います。
―子どもたちがNAGASEカップを見て体験することの意義についてはどう感じますか?
「知らない」という状態が「怖い」という感情につながり、自分から距離を置くことにつながります。だからこそ、選手から声をかけてもらったら、ぜひ子どもたちも積極的に応じてほしいと思います。
パラアスリートは、例えば身体の切断面をしっかりケアしていて、それぞれ個性があって、触ると気持ちがよく、かわいらしい一面もあります(笑)。気になることを聞くと、丁寧に教えてくれたり、見せてくれたりします。
パラアスリートそれぞれのアイデンティティになっている側面もあるので、気になるところは聞いてみてほしいです。今まで私が接してきた中で、100%の方が快く応じてくれました。
スポーツが教えてくれること
過程を大事にする
―第一線での競技生活を終えて、改めて見えたスポーツの力や魅力、社会に対する存在意義についてどう感じますか?
まだ競技から離れて時間が経っておらず、来年も小さな大会で走る予定なので、完全に「現役を引退した」わけではないのですが、スポーツを通して他者とのコミュニケーションを学んだり、自分の目標を立ててそれに向かって道筋を立てていくこと、仲間と楽しんだり意見交換したりすることがスポーツの良さだと思っています。
結果だけではなく、目標に向かっていく過程を大事にしてもらえるといいと思います。それは結果を出してきた選手が言うから意味があるのではないかと思います。
―一線を退いた後、結果を追い求めていた頃と比べて、走ることや陸上をすることの意味に変化はありましたか?
特に変わっていません。結果を求めていたときも今も「楽しめればいいや」と思って陸上に復帰しています。陸上競技を通して自分のできないことを見つけて、それを嫌がらずにポジティブに捉え、できるようにしていく、自分の成長を追い求めていくというところを大事にしたいと思っていました。それは今後も変わらないと思います。
個人競技でも仲間との絆
―陸上競技は個人競技ですが、自分自身にフォーカスしながら日々を積み重ねることで得られるものは大きいと思います。ご自身の経験の中でどのようなことがありましたか?
自分の目標に向かって進む中で、私の夢や目標に乗って一緒に進んでくれる仲間ができたことは、人生において大きな財産だと思います。
陸上は個人競技のため、日本では自分の情報を開示する雰囲気はありません。でも私は、そのギスギスした雰囲気があまり好きではないので、陸上に戻ってきたときは、他の選手にもうるさいくらい話しかけていました。
その結果、他の選手たちもよくしてくれるようになり、私のやりたいことに賛同してくれるライバルたちができました。
「できない」は成長のチャンス
―ご自身の子育て体験も踏まえて、スポーツを通じて子どもたちに伝えたいことは何かありますか?
できないことがあると子どもたちは嫌がりますが、できないということがあるということは、もっといい自分に出会えるということ、成長できるという証拠でもあります。
できないことを恥ずかしがらないでほしいし、できるようにするためのチャレンジ、一歩踏み出す勇気を持ってほしいです。私の娘も、できないことがあると泣いてしまう時もありますが、「練習すればできるようになるから」とモチベーションを上げる言葉を伝え続けています。
参加者へのメッセージ
純粋に楽しんでほしい
―今月末に開催されるNAGASEカップは1900名ほどの参加者で過去最大規模になる見込みです。参加される方に向けてどんな気持ちで大会を迎えてもらいたいですか?
純粋に全力で楽しんでいただければ嬉しいです。大会に初めて参加する方もいると思いますし、トラックを走るのは緊張するかもしれませんが、その緊張も含めて楽しめるのがNAGASEカップの魅力です。
また、国立競技場の良さや空気感を感じてもらえるのもNAGASEカップの特徴です。なかなか国立競技場の下に降りる機会はないと思うので、その緊張感や空気感も感じてもらえればと思います。
―NAGASEカップには「アスリートの次への挑戦を後押しする」というメッセージも込められています。挑戦をしたいと思っている方々へメッセージをいただけますか?
自分の中で「もしかしたら失敗したかも」と思うこともあると思います。でも、失敗というのはチャレンジしないとできないものです。失敗したということは、振り返ると自分が一歩踏み出して挑戦できた証でもあります。その経験を大事にして、また新しいことに挑戦してもらえたらと思います。