結果にこだわり
高水準のエンターテイメントを目指す
「逆境をバネに」という表現が、あまりにも当てはまりすぎるのではないだろうか。又吉康十。生命の危機に瀕する事故から復活し、左下肢の板バネとともに大きく跳躍する。持ち前の運動能力と負けん気を原動力にT64(義足)走り幅跳びで頭角を表し、現在は国内の第一人者。その先に「パラ陸上だから」という前提を取り払った、フラットな地平を思い描く。
又吉 康十(またよし こうと)
1994年、沖縄県出身。名護高ではラグビーをプレー。卒業後は救急救命士を志して帝京平成大に進学した。3年時に電車との接触事故で左下肢を切断。リオパラリンピックの走り幅跳び(T42)銀メダリスト・山本篤から競技用の義足を譲り受け、パラ陸上を始めた。T64(義足)男子走り幅跳びで記録を伸ばし、23年6月には6m65のアジア新(当時)をマークした。
NAGASEカップについてもうかがいます。大会についてはどのような印象を持っていましたか?
公認ランキングに反映される試合が少ない中、NAGASE カップはWPA公認大会なのでありがたいです。あとは第1回から賞金を設定しているのも独特だと思います。陸上は健常者も含め、基本的にはアマチュアスポーツ。「試合で稼ぐ」という感覚がないと思います。もちろん僕も会社員なのでプロではないですけど、そういう試合は非常に意義があると思います。記録を出すとうれしいし、さらにプラスで賞金も出る。やっぱりモチベーションが違ってくると思います。
実際に前回大会では当時のアジア新記録(6m60)を樹立して賞金をゲットしました。記録を出したのは4回目の試技でした。1〜2本目は失敗で、3回目に6m38。試合を振り返ってもらって、どんな部分がポイントでしたか?
前回大会は9月だったと思います。その1カ月後にアジア大会が予定されていたので、身体は仕上げてかなり記録を出せる自信もありました。1〜2本目もちょっとしたズレだったので、修正すべきポイントもわかっていて「大丈夫だろう」という感覚が自分の中でありました。だから、世界選手権とは違って、1〜2本目で失敗したけれども追い込まれている感覚はなかったです。
それで3回目に踏み切りもしっかり合って6m38が出た時に、「今ので(6m)38なら、少しスピードを上げたら(記録を)出せるな」と感じて、実際にスピードを上げて跳んだら記録が出ました。踏み切って跳んだ瞬間、「行ったな」と思いましたね。
賞金はどのように活用されましたか?
趣味のゴルフに使わせてもらいました。ありがとうございます。本当に賞金があるのは他の大会と異なるので、モチベーションが上がります。もちろん記録を出さないと獲得できないので、出すために逆算してどう調整していくか。それこそ世界選手権と同じくらいの時間を使って調整して参加しました。
NAGASEカップはそれだけでなく、健常者と一緒に試合をするのも特色としています。参加者として、そうした試合を経験する意義は感じますか?
同じ走り幅跳びなので、健常者の方から参考になることもあります。あと、スポーツは全て「エンターテイメント」だと僕は思っています。楽しむためのもの。実際にプレーヤーとしては陸上を楽しんでいますし、ゴルフもバスケットもやります。バスケットは故郷のBリーグクラブ・琉球ゴールデンキングスを応援していますけど、勝つとうれしいし負けるとショック。そういった感じで、人生に必要なエンターテイメントになればいいと思っています。
ですが今はまだ、義足「なのに」頑張っている、義足「なのに」速い――という見られ方だと思います。トップレベルになれば頑張るのは当たり前。勝ち負けの世界に僕らはいるので、普通のスポーツを観るようにエンターテイメントとして楽しんでもらいたいという思いがあります。
僕のT64クラスは一番健常者に近いし、走り幅跳びに関してはオリンピックでメダルを取れる水準の記録を残している選手もいます。なのでシンプルに、「いかに速いか」「いかに跳べるか」をNAGASEカップで実際にお見せできたらいいと思います。
パラ陸上は、障害によってクラスがたくさんあります。例えば、麻痺している人のクラスだったら、「麻痺したときに自分はどれだけ動けるんだろう」とか、想像力を働かせながら観戦するとより楽しめるのではないかと思います。
選手目線もそうですが、受け取る側のカルチャー醸成についての見方でもありますね。そのためにまず「知ってもらう」という狙いでも、こうしたコンセプトのNAGASE カップは意味があるように感じられますか?
はい。賞金もそうですが、一番「他と違う」と感じているのは広報ですね。ウェブサイトやSNSを使って、大々的にプロモーションをしてくれています。大会中もインスタでいろんな発信をされていて、良い記録が出たのもあっていろんな方から反応がありました。あとは賞金を持って撮った写真はやはりインパクトがあるので、反響も大きかったですね(笑)。そういう取り組みは今後もやってほしいですし、他の大会も追随してどんどんやってくれれば、もっと盛り上がりそうだなと期待しています。
そうして認知度を高めて理解を広げた先に、どのような社会のあり方をイメージしていますか?
やはり一番は障害があってもなくても、まずは「競える」「楽しめる」という環境。障害のあるなしに関係なく陸上はできますし、僕自身は陸上を始めて一気に生活が変わりました。事故をしてから今日まで、ものすごく充実した生活を送ることができています。もちろん陸上だけではなくスポーツにはそういう力があるし、それは障害のあるなし関係なく同じだと思います。なので、心から楽しんでスポーツに取り組めば人生に充実感がある。少なくとも僕は得られているので、「できない」と自分で決めてしまうよりは、ぜひチャレンジしてほしいと思います。もちろんトップレベルに上がれれば楽しみもあるけれど、そうではなくても、それぞれの頑張りの中で楽しめればものすごく素敵なことだと思います。
そのためにも、まずは認知度を上げていければと思います。上げるためには世界で活躍して、ニュースにしっかり取り上げられるくらいの結果を残さないといけないと思います。車いすテニスの国枝慎吾さんのように、世界ランキング1位になったりとか。「広めてほしい」と主張する前に、まず僕らがその水準の結果をしっかり出して、ニュースに取り上げられるように頑張らないといけない。その意味では「結果が全て」だと思います。
【前編】「よく生きてたな…」 冷静に障害を受け止め、新たな目標へ